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井上 裕之「ジョセフ・マーフィーの教え」

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  • J・マーフィの教え

    2012年09月12日

    ジョセフ・マーフィーの教え【Part2】

    私は北海道帯広の出身。
    いまも帯広を本拠地に活動しています。
    帯広遅い春が訪れ、視界をやわらかな新緑といっせいに咲いた花々の彩りが染め上げるようになったある日、戸外で本を読んでいたときのことです。

    突然、一条の光が私に落ちてきて私の奥底に宿ったことを、確かな事実として直感しました。そう、確かに、揺るぎない実感として感じられました。

    そしてその瞬間から、それまで知識でしかなかったマーフィーの説く法則が私の人生を貫く法則になったのです。言葉にはなりにくい・・・・・・、でも、確かな感覚がありました。

    それからは、天然の湧き水のように尽きることなく湧いてくるエネルギーによって、私は、願う方向に向かって自然に行動できるようになりました。

     

    行動も目標にぴたりと照準が合ったものになり、心に抱いた願望や目標は、そうなることがいちばん自然だというように、的確に叶うようになっています。

     

    その当時、私は、人生最大の困難に直面しており、日々、心が安らぐ瞬間は一秒とてないような、苦しい日々を送っていました。
    家族3人のドライブの途上で大きな交通事故に遇い、妻が瀕死の重傷を負ってしまったのです。

     

    踏みにじられた粘土細工のようになった車から引きずり出された妻は水道管が壊れたように激しく出血しており、搬送先の病院の医師は「希望は持てない」という表情を隠しようもなく浮かべていました。
    本業は医師である私の目からも、妻の状態はこのうえなく重篤でした。

    大量の輸血、十数時間にわたる手術・・・・・・。

    何度も生死の境界をさまよいながら、妻はその都度、「生」の世界へ戻ってきました。
    でも意識は戻ることなく、脳波は微動だにしません。

    そうした状態が何か月も続き、医師たちも「依然として生命の危機が続いている。
    たとえ生きながらえても、よくて植物人間状態になるでしょう」と言うばかりでした。
    仕事を続けなければ病院の支払いもできなくなる。

     

    私は歯をくいしばって仕事に戻り、それからは、毎週末、片道三時間かけて妻を見舞う日々が始まりました。ハンドルを握る気持ちになれなかったので、バスを使っての往復です。この往復の時間を使って、私は、自己開発にかかわる本を次々と読み始めました。

    何かに導かれるような熱い思いが湧いてきて、自分を高めていかなければ、命をかけて闘っている妻に申し訳ないと思えたのです。
    マーフィーとの出会ったのはその流れの中でのことでした。

    実は、私が妻の回復を願う気持ちは、マーフィーにふれたことがきっかけではありません。
    順序は逆、でした。

    「なんとか、元気で明るい、もとの妻に戻ってほしい。いや、意識だけでも戻ってほしい」と祈るような気持ちは、夫として当然の気持ちでした。
    それまで何を願ったときよりも強く真摯に、妻の回復を願い続けたのです。

     

    天空から光が降りてきたのはそんなある日のことでした。
    「マーフィーの言葉」が真実の響きとなって、私の全存在と共鳴したのです。

    それからほどなく、妻は意識を回復しました。
    医師は口々に「奇蹟だ」と言いましたが、私には確信がありました。

    「ひたすら真剣に、心から願ったことは実現する。マーフィーの法則どおりだ」

    マーフィーは言っています。

    「真摯な願いの前には不可能はありません。
    潜在意識はどんな願いも実現する、無限の力の源泉なのです」。

    そのとおりだ。
    マーフィーの法則を自分のものにすれば、奇蹟は自分で起こせるのだ。
    妻が意識を回復したとき、身ぶるいするような感動の中で、私は何度もマーフィーの言葉をかみしめるように幾度となく反芻していました。

     

    Part3へ続く―――

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